BXとはなにか
BX(Brand Experience)という言葉を知っていますか。直訳すると「ブランド体験」を指します。したがって、BXデザイン(Brand Experience Design)とは「ブランドの体験価値を設計する・届ける」という意味を持ちます。
このBXデザインという考え方は、ここ数年で日本においても重要視されはじめたUXデザイン(User Experience Design)の手前にある概念ともいえます。UXデザインがユーザーの体験に軸足をおいたアプローチであるのに対し、BXデザインはブランドの「思い」や「考え方」に軸足をおいたアプローチです。
BX領域では、会社のブランドやビジネスに関する体験全般を設計していきますが、大きく二つの側面を持っています。一つめは、対外的なBXデザイン。つまり「そのビジネスが世界に届ける体験の価値」を創出すること。次に、内部向けのBXデザイン。インナーブランディングとも呼ばれます。これは「ビジネスを担うメンバーの一人ひとりがどのようなストーリーを体験するのか」という視点で設計されます。
「どう見られたいか」という視点だけではなく、「どのように自己実現するか」も併せて考えていくことで、表層にとどまらないブランド体験を創ることができるのです。
それでは具体的に、BXデザインの取り組みにはどんなものがあるのでしょうか?
VMV策定(Vision, Mission, Value)| BXの最初の一歩
わかりやすいBXの取り組みとしては、組織のMVV策定(Vision, Mission, Value)があります。VMVは「一度策定すると変えられない」というイメージが強いですが、コアとなるアイデンティティは活かしつつ、組織の成熟度合いや時代の要求に応じてチューニングをしていくことが多いです。
組織の理想的な未来を示す「ビジョン」、それを実現するための目標を示す「ミッション」、そして、組織メンバーのふるまいの指標となる「バリュー」。大事な3つの要素を、常に最適な状態に保つことで、組織の価値を最大化させていきます。
アップデートするMetaのミッション
具体的な事例を見ていきましょう。
2021年10月に「Meta(メタ)」に社名を変更した、旧フェイスブック。この組織は、2017年に以下のようなミッションを発表しています。
give people the power to build community and bring the world closer together
コミュニティづくりを応援し、人と人がより身近になる世界を実現する
同社が2021年以前に掲げてきたミッションは、以下のものでした。
making the world more open and connected
世界をよりオープンにし、つなげる
並べてみると、如実に違いがわかりますね。「コミュニティづくり」という具体的な手法を追加したことで、同社が今後目指す方向が明確になり、より強い覚悟が伝わってきます。
新たなミッションのリリースにあたり、ザッカーバーグ氏は「これまで、人々につながるためのツールを提供すれば世界は自然と良くなっていくと考えていたが、社会はいまだに分断されており、単に世界をつなげるのではなくそのつながりをより強めるための努力が必要だと確信した」と語っています。
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1706/23/news064.html
こんなふうに、組織の使命である「ミッション」は、実態や実感に応じて適切にアップデートしていくことで、社内外に向けた強いメッセージとして機能します。
ミッション不変のテスラ
別の事例を挙げましょう。次は、「ミッションを変更しないことが逆に力強い印象を与える」という好例です。イーロンマスク率いるテスラの掲げるミッションをみてみましょう。
世界の持続可能エネルギーへのシフトを加速すること
Tesla’s mission is to accelerate the world’s transition to sustainable energy.
このミッションに関して、同社のコーポレートサイトには、以下のようなメッセージが記されています。
私たちの目標は10年前にテスラを創業した当時と変わりません。それは、出来るだけ早く大衆市場に高性能な電気自動車を導入することで持続可能な輸送手段の台頭を加速する、というのもです。
完成された、シンプルで力強いミッションだからこそ、繰り返し伝えることで組織の使命が世の共感を生む。テスラは広報戦略も独自の理念を持ち、2020年にはPR担当の部署を解散させたことで話題を呼びました。自社の強みを分析し、定石通りの手法からあえてズラすという選択も、BXデザインの一環です。
チームを強くするDeNAのバリュー
ここまで、二つのミッションについて見てきました。次は、ミッションに紐づいた「ビジョン」「バリュー」のデザインにも注目していきましょう。
DeNAのビジョンには、AIの活用が掲げられています。注力すべき分野をミッションに具体的に盛り込むことで、「AIを使ったエンターテイメント領域の企業なのだ」とすぐに伝わる構成になっています。
■ステートメント 一人ひとりに 想像を越えるDelightを |
■ミッション DeNAは、インターネットやAIを自在に駆使しながら 一人ひとりの人生を豊かにするエンターテインメント領域と 日々の生活を営む空間と時間をより快適にする社会課題領域の 両軸の事業を展開するユニークな特性を生かし 挑戦心豊かな社員それぞれの個性を余すことなく発揮することで 世界に通用する新しいDelightを提供し続けます |
■バリュー 「こと」に向かう 全力コミット 発言責任、傾聴責任 多様性を尊重し、活かし合う みちのりを楽しもう |
同社の「バリュー」は、インナーブランディングの観点からもよく練られており、時代にフィットした内容で構成されているのが印象的です。
「全力コミット」のようにパワフルな要素をおきつつ、「発言責任、傾聴責任」といった手法を提示し、「多様性を尊重し、活かし合う」ことでメンバーが自然とチームビルディングの視点を持てるようになります。また、失敗やトラブルが発生した際のマインドとして「みちのりを楽しもう」というバリューを掲げることで、社内のムードをよくすることが評価につながるような意匠が読み取れます。
Purpose (パーパス)| VMVをマクロな視点で牽引する
社会との接点を、より強く企業理念に盛り込みたい場合、Purpose(パーパス)から始めることもあります。
パーパスは文字通り「存在意義」を意味しており、組織が存在する理由を定義するものです。これは「なぜVMVを遂行する必要があるのか」を上位から説明する概念でもあります。パーパスはうまく設計すると、VMVをマクロな視点から牽引するための強い道標になりえます。では、パーパスが効果的に機能するためには、どんな視点が必要なのでしょうか?
「パーパス型ミッション」と「アイデンティティ型ミッション」という考え方がヒントになります。
「パーパス型ミッション」
自分たちは社会に何を働きかけたいのか? を重視するミッション
「我々は~を欲す」
行動(DO)を評価する「アイデンティティ型ミッション」
自分たちは社会の中でどうありたいのか? を重視するミッション
(参考)BIOTOPE佐宗氏 21世紀型のブランディングは「意義」から始まる
「我々は〜であり続けるべし」
あり方(BE)を評価する
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00272/00005/
自分たちの組織が「DO」を重視するのか「BE」を重視するのかを分析し、それに見合ったパーパスを設定することで、VMVが強靭になっていきます。パーパスの事例や活用方法は、次回の「BXが必要な理由」と合わせてご紹介していきます。
BXの役割
ここまでみてきたように、BXデザインにおいては「組織にとって大事なこと」を外向き・内向きの両面から設計します。外向きのBXは「なにを成し遂げたいか」「どの領域を獲得したいか」という組織の思いを、世界に宣言する行為です。そして、内向きのBXでは、「どんなチームを作っていきたいか」をメンバーに伝えて合意をとります。
ここでは、「それが定量・定性的に評価できる基準か?」という視点でも調整をしていくことが必要です。
たとえば、「しあわせになる」というバリューを掲げるとします。これはメンバーの価値観に寄り添った言葉かもしれませんが、本当にしあわせになったか、それをどう計測するかがわからなければ、ただのスローガンで終わってしまいます。また、このバリューを見た時に、社員が容易に受け入れられるか(会社から自分の幸福度を評価されたいと考えるか)も検証する必要があります。
BXデザインは、組織のアイデンティティをクリアにしていく作業です。「発表して終わり」にしないためには、多角的な視点からの検証と、長期的な視座が求められます。
ここまで、BXデザインの概要をMVVを事例としてご紹介しました。次回からは、「今、BXデザインが求められる理由」についてお届けします。