BXデザイン(Brand Experience Design)において、ブランドの体験価値を届けるためのメッセージ設計は非常に重要な役割を持っています。メッセージ自体もそうですが、メッセージをいかに届けるか? という視点も同じくらい大事です。印象的なコピーを発信したとしても、受取手が「きれいごとを言っているな」と感じてしまえば愛されるサービスにはなりません。BX領域におけるメッセージは、一方的な言葉ではなく、ファンと共につくりあげていく開かれた物語である必要があるのです。

ナラティブの時代|語るのではなく語らせる

これからのBX領域では、「ナラティブ」が重要だと考えられています。

ナラティブは「語り」を意味します。もともとは「ナレーション」「ナレーター」と同じ語源を持つ文学用語でしたが、次第に人類学や医療の場でもナラティブという概念が重視されるようになっていきました。現地の人々が抱いている感情や、患者がどのように症状を表現するか、という分析のために、彼ら自身の言葉に着目する必要があったのです。

今、BXデザインの領域でもナラティブの重要性が認知され始めています。ユーザー自身の言葉によって、ブランドが語られることの大切さに注目する動きです。

ナラティブと同じような意味を持つ言葉に「ストーリー(物語)」があります。こちらはナラティブとは違い、完成されていて、ユーザーが関わる余地がありません。

これまでのマーケティングにおいて、ブランドはずっとストーリーテリングを大事にしてきました。ブランドの運営者がどのように語るかが大事で、ユーザーはそのメッセージを受け取る側だと思われてきたのです。これからは、ユーザー自身の言葉(ナラティブ)に耳を傾ける、開かれた体験のあり方が重要になっていきます。

身近な人のリアルな声を聞いて、真実味を感じる。多くの人が、それぞれの伝え方で体験を語るのに触れて、ブランドに興味が湧いてくる。そんなふうに、「語る」のではなく「語らせる」ためのブランド体験をデザインすることが重要になってきます。ここからは具体的に、ナラティブに軸足を置いた事例を紹介します。

外出自粛の中でも発信クリエイティビティ|GoPro

アクティブなシーンでのウェアラブルカメラを強みとするGoProは、2020年以後、新型コロナウイルスによる外出自粛の影響を受け、新しい施策を生み出しました。屋外での撮影を強みとするGoProを逆手に取り、「#HomePro」というハッシュタグを提案したのです。ユーザーは「#HomePro」タグをつけてTwitter、Instagram、Facebook、TikTokに動画や写真の作品を投稿します。GoProは、投稿された動画や写真の中から、毎日5つの「お気に入り」を選び、製品をプレゼントします。

GoPro ハッシュタグキャンペーン

GoProの既存ユーザーはもちろん、製品を持っていなくても、ブランドが提供している無料アプリを使用すればキャンペーンに応募できるようにしました。この施策は大きな反響を呼び、さまざまな作品が集まりました。

屋内でのバックカントリー

一人きりでのウェーブパフォーマンス

アウトドアを楽しめない状況を逆手にとり、屋内で風景画を制作する過程

自宅での距離感を生かした飼い猫のショット

GoProのキャンペーンにおいて特に優れているポイントは三つあります。
①外出自粛に閉塞感を感じていた人々の心に楽しみを与えたこと
②ユーザー自身に発信させる試みだったこと(ナラティブ)
③ユーザーたちが自らつくりあげていくコンテンツだったこと(UGC)

ユーザー自身がブランドについて語ることをナラティブと呼びますが、こうしたユーザーが中心となってつくりあげていくコンテンツのことをUGC(User Generated Contents)と呼びます。SNSの普及により、個人の購買行動はクチコミやレポートといった発信と強く結びつくようになりました。そうした背景から、ナラティブと同様に、UGCの有効性も指摘されるようになってきています。

また、GoPrpの施策は、「共感」を強く集める内容でした。世界中の人が同じような状況にある中で、その状況を楽しもうとするクリエイティビティに触れ、心を動かされる。実はここには、二種類の共感があります。ブランドへの共感と、発信者(ユーザー)への共感です。双方への強い共感によって、人々は#HomeProキャンペーンに対して「これは自分の物語だ」と感じたのです。

このように、ナラティブを用いたBXデザインでは「ユーザーの心に寄り添う」ことがとても重要な要素になります。いかにプラットフォームが開かれたものであろうと、ユーザーが自ら発信しようと思うのは、心が動いた瞬間だからです。ユーザーの状況を理解し、共感し、彼らが「このブランドはわかっている」と認めて初めて、ブランドはナラティブを獲得できるのです。

ユーザー主役のブランドメッセージ|SUBARU

直接的にユーザー自身に語らせなくても、ナラティブを生むメッセージをつくることは可能です。自動車ブランドSUBARUのCMでは、「あなたとクルマの物語」というコピーが示す通り、さまざまな「あなた」を想定した構成になっています。「あなたとクルマ、どんな物語がありますか?」という問いかけから始まり、「ファミリー篇」「おとうと篇」「かくれんぼ篇」「助手席篇」など、あらゆる立場の人々を、多様な切り取り方で紡ぎます。

https://youtu.be/5rHQztYDl74

ショートフィルム式のこのCMは、車体の特徴や使用感など、機能を訴求する要素はいっさい登場しません。また、作り手の想いやこだわりが明確に語られることもありません。あくまでも「あなた」を主役とし、車に関わる人生のシーンを見せていくことで、視聴者が自らの思い出を語りたくなるような内容になっています。

これらのCMはYouTubeのSUBARU公式アカウントでも公開されており、動画に寄せられたコメントには、自身の車との思い出を語る内容が多く集まっています。「自分もずっと同じ車を愛用している」という共感や、「大好きな車を手放すことになった」という報告、「社会人になったらこの車に乗りたい」という大学生のコメントなど、その内容も多岐にわたります。SUBARUは、このCMを原作に「あなたとクルマの物語」をコンセプトとしたドラマや小説など、マルチなコンテンツ展開を行っています。

このように、ブランドが語るメッセージであっても、その内容や呼びかけ方法によって多くのナラティブが生まれる可能性があります。「作り手中心のメッセージをやめる」ことは、その有効な手段となります。こうしたアプローチをするときは、まず共通点を探します。プロダクトやサービスの良さを全部伝えるのではなく、作り手の最も大切な想いと、ユーザーが感じていることとの間に、響き合う要素がないかを探すのです。その結び目が見つかったら、反応が最大化するよう体験をデザインしていきます。

タイムラインでつくりあげるブランドコミュニケーション|Glossier

最後にご紹介するのは、創業者ひとりからでも始めることができるBXデザインです。NY発のスキンケアブランドGlossierは、コスメティック業界におけるD2Cブランドの先駆け的存在として人気を博しています。創業者のエミリー・ワイスが個人で始めたブログからヒットし、2014年にブランドとしてローンチ。6年後には10億ドル規模のブランドに成長しました。

Into The Gloss』と題された彼女のブログでは、著名人にインタビューを行いメイクのコツを聞くなど、ユーザーが自然に興味を持てる内容のコンテンツが多く掲載されていました。このブログには読者がコメントをつけることができ、現在でも、エミリー・ワイスが自らコメントに返信することも少なくありません。ビュー数の多い記事には多くのコメントが書き込まれており、新たにコメントを書き込むための入力欄には「Join the discussion(ディスカッションに参加する)」という文字が表示されています。

この「Join(参加する)」というあり方こそ、創業者エミリー・ワイスが目指していたユーザーの姿でした。双方向的なコミュニケーションを通じて、ユーザーとともにブランドの価値をつくりあげていくこと。Glossierが大人気となった後も、エミリー・ワイスはInstagramでユーザーと頻繁に交流し、リポストやコメントを行っています。

こうしてGlossierは、ブログのファンを大きな資産に変えました。ファンたちは顧客であると同時に、ブランドの価値をともに考える人々でもあり、宣伝をしてくれる存在でもあります。彼らの価値観を反映し、大量生産・大量消費型ではないオンライン販売を中心としたビジネスモデルをつくりあげることによって、サステナブルな供給を続けているのです。

仲間をつくるためのコミュニケーション

ここまで、三つの事例を通し、ナラティブを生むBXデザインについて考えてきました。外出自粛という状況を逆手にとって、多くの共感を生み出したGoPro。ブランド発のメッセージでありながら、ユーザーを主役に据えたSUBARU。ブログの読者とともにブランド価値をつくりあげていったGlossier。ユーザーとともにつくりあげるという手法は、SNSとの相性が非常によく、今後も欠かすことのできない要素になるでしょう。ハッシュタグを用いた呼びかけ型のキャンペーンは、初期コストが低いにもかかわらず、大きな反響を生む可能性を秘めています。

ブランドが全てを語るのではなく、多くのユーザーが必要なことを語ってくれるようなしくみ。ナラティブを生みだすBXデザインが成功すれば、創業者にとって「仲間だ」と感じられるようなファンと出会うことができるでしょう。

参照:本田哲也『ナラティブカンパニー 企業を変革する「物語」の力』東洋経済新報社(2021)