これからのブランディングでは、ブレないメッセージを届けることの重要性が増していきます。パンデミックの影響によるライフスタイルの変化や、激動する国際情勢、SNSにより個人と社会が直接的につながっていく状況など、私たちは日々、変動の激しい時代を生きています。
こうした状況下で求められるのは、表層的な美辞麗句ではなく、より強く、発信者の真実を含んだメッセージです。
パーパスとは、「存在意義」であり「志」である
BXにおける「パーパス」は、組織や企業の「存在意義」を意味しています。
パーパスという概念そのものは以前から存在しましたが、2017年ハーバード大学卒業式の祝辞で、Meta(旧Facebook)の共同設立者マーク・ザッカーバーグが言及し、注目を浴びました。
そのスピーチで彼は、以下のようなことを語りました。
スピーチ要約
「パーパス」が人生の幸せを創出する。私たちの世代の課題は、世界中のすべての人がパーパスを持つことができる世界を実現することだ。それによって社会全体がよくなっていく。これからはGDPだけではなく、新しい指標によって社会の幸福度を図るべきである。すべての人がパーパスを持てるようにするために、3つの方法を挙げよう。1. 大きなプロジェクトにチャレンジする
(スピーチ動画)https://youtu.be/BmYv8XGl-YU
2. すべての人に平等な機会が提供されるようにする
3. 地域コミュニティーと国際コミュニティーを創出する
このように、パーパスは組織の存在意義でありながら、世界や人生といったより大きなものへと関わっていく概念です。そのため、経済学者の名和高司は自著『パーパス経営』の中で、パーパスを「志」と訳しています。
国内外で注目を集めつつあるこのパーパスは、ビジョン・ミッション・バリューに先立つ重要な要素でもあります。
バリューを導くものがミッション、ミッションを導くものがビジョンだとすれば、パーパスはこれら全ての根幹をなす「組織のアイデンティティ」ともいえます。
組織にとって理想的な未来の姿は、「その組織がなんのために存在しているのか」という問い(パーパス)なくしては描くことができません。パーパスという軸があるからこそ、ミッション、ビジョン、バリューそれぞれが一貫したメッセージとして機能する。
「志」という解釈を当てはめるならば、「なぜその冒険をするのか」という大前提があることで、長い旅でも心折れることなく楽しむことができる、というようなイメージです。
組織としての理想の姿を実現した上で、社会に何を還元できるのか、自分たちの人生に何がもたらされるのか。こうした根幹の部分を担う存在がパーパスなのです。
それでは、具体的にどのようなパーパスが採択されているのか、事例を通して見ていきましょう。
プラスの価値を与えられる領域を明示 | ネスレ
ネスレは、以下のようなパーパスを掲げています。
生活の質を高め、健康な未来づくりに貢献します
ネスレには世界187ヵ国、約30万人の従業員が存在し、そのすべてのメンバーに創業者の想いを共有するため、パーパスを明文化しました。そして、このパーパスを実現する手段として、「ネスレがプラスの価値を与えられる領域」を3つ、明示しています。
①個人と家族のため(栄養分野での貢献を目指す)
②コミュニティのため(農村開発を推進する)
③地球のため(水や環境に貢献する)
これら一つひとつの領域に中期コミットメントとしての数値的な目標を掲げ、課題解決に取り組んでいます。一見独立した施策も、同じパーパスから生まれたものだと分かるだけで、見え方が変わってきます。組織メンバーのやりがいも、パーパスを知った消費者が抱く印象も、より深いものになるでしょう。
ネスレのパーパスにおいて特に今日的なのが、SDGsへの目配りです。
たとえば「②コミュニティのため」という領域で行われている農村開発の具体事例としては、コーヒー農家へのサポートが挙げられます。
「ネスカフェ」のコーヒーは、2010年から2020年にかけて2億2,000万本の苗木を提供するという目標を掲げていました。これに対し、2020年時点のレポートで、同年までに2億3,500万本の苗木を提供できたことを報告しています。
他にも、「キットカット」に関わるカカオ農家へのサポートとして「ネスレ カカオプラン」という取り組みがあります。
これは、児童労働の問題にアプローチするものです。農家の経済的改善を進めながら学校を整備した結果、主要なカカオ豆の生産国であるガーナとコートジボワールでは、1万1,000人を超える子供たちを児童労働から解放したといいます。
自社製品をタッチポイントとしながら、社会課題に対してコミットしていく。
こうした一貫したブランドの姿勢が、消費者の心を掴みます。
広く力強いパーパスでコミットメントを達成する | ユニリーバ
よりサステナビリティにフォーカスした事例を見てみましょう。
ユニリーバは、以下のパーパスを掲げています。
サステナビリティを暮らしの”あたりまえ”に
これを実現するため、2010年に具体的なビジネスプラン「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン(USLP)」を作成しました。
「環境負荷を減らす」「社会に貢献する」「ビジネスを成長させる」という三つの軸を同時に満たすための設計図です。ここでは以下のコミットメントがなされました。
・2020年までに10億人以上がよりすこやかな暮らしのためのアクションを取れるよう支援
・2030年までにビジネスを成長させながら製品の製造・使用からの環境負荷を半減
・2020年までにビジネスを成長させながら数百万人の暮らしの向上を支援
この10年で、同社のコミットメントは順調に達成されています。
https://www.amita-oshiete.jp/voice/entry/015882.php
社会や環境に貢献することと、ビジネスとして成功することは、両立できるのだと示した恒例といえます。
ユニリーバはさらに、公式サイト内に「地球と社会」というページを用意し、今日的な問題について、以下のように宣言しています。
https://www.unilever.co.jp/planet-and-society/
地球と社会
世界が直面している社会・環境の課題が、これまでになく明確になってきています。今ほど行動が求められたことはありません。
ユニリーバは、私たちにも果たすべき大きな役割があることを認識しています。「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」というパーパス(目的・存在意義)を持つブランドがある、人々がいる企業だからです。
社会課題に対する態度の根拠をパーパス(存在意義)に求めたことで、「人ごと」ではなく「自分ごと」として取り組んでいく姿勢が伝わる内容になっています。
本ページでは、同社のパーパスに関する信念も紹介されています。
パーパス(目的・存在意義)を持つブランドは成長する、パーパスを持つ企業は存続する、そしてパーパスを持つ人々は成功する
非常に力強いメッセージです。
食品や洗剤、ヘアケア用品など、広く家庭用品を扱う世界的な企業だけに、追うべき責任も多い。そんな覚悟が伝わってくる内容です。
このようなメッセージと施策が一体化した力強さも、パーパスが礎として十分に機能することで実現できるといえます。
世界背景と自社の強みから存在理由を設計する | 富士通
富士通は、以下のパーパスを定めています。
イノベーションによって社会に信頼をもたらし世界をより持続可能にしていく
参考となるのは、このようなパーパスを設定した背景です。
富士通はまず、①「背景となる世界認識」として、現在が急速に変化する不確実な時代を迎えていること、この時代に世界の課題を解決するためには、新しい方法で立ち向かう必要があることを説明します。
そして、②「富士通独自の価値」として、人をデータやモノと結びつけることによって人間起点でのイノベーションを生み出してきたことを提示します。
最後に、③「富士通独自の能力育成」である「ダイバーシティ&インクルージョンの推進」に言及します。これら全てが結びつくことで、組織メンバーそれぞれがパーパスを起点として行動できるようになる、というわけです。
環境、社会課題、そして組織の挑戦としてのイノベーション。三方向への目配りが十分になされた設計といえます。
このように、組織の根幹をなすパーパスは、自社独自の歴史や強みを「手段」として活用し、社会課題にコミットしていく形で策定されるのがスタンダードです。
パーパスを社会課題に接続する三つの視点
それでは、具体的にパーパスを策定するにあたり、どのような視点を盛り込めば良いのでしょうか。代表的なものを三つほど紹介します。
①SDGs
②サーキュラーエコノミー
③リジェネラティブ
①SDGs | 持続可能な開発目標
まずはSDGsへのコミットメントが挙げられます。
SDGsは、2015年に国連総会が採択した、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)です。
17の目標と、169項目もの達成基準が盛り込まれたもので、貧困や健康に関わるものから、経済成長や気候変動など、その内容は多岐にわたります。
SDGsとは? | 外務省公式サイト
②サーキュラーエコノミー | 循環型経済
次に検討すべき視点は、サーキュラーエコノミーです。
サーキュラーエコノミーは、「循環型経済」を意味しています。
EUが2015年に政策パッケージを発表し、話題化しました。大量消費・大量廃棄という従来型の経済のあり方(リニアエコノミー)ではなく、資源を効率的に循環させることで地球環境を守ります。
サーキュラーエコノミーの視点からパーパスを設計するメリットは、サービスやプロダクトの提供プロセスに言及できるようになることです。この概念自体が経済のあり方を提示するものであるため、仕入れや生産、そしてリサイクルの手法まで、適用範囲は広く、施策にブレイクダウンする際に整理しやすい構造を得ることができます。
③リジェネラティブ | 再生
最後に紹介するのは、リジェネラティブ。SDGsの元となる概念であるサステナビリティは、「持続可能性」です。今ある資源や経済システムを持続させ、破綻が生じないように運営していくための方法論です。
リジェネラティブはここから一歩進み、「再生すること」を目指します。これまで人類が経済活動を行う中で破壊されてきた地球環境や、拡大してしまった経済格差を「持続」させるのではなく、より良い方向に「再生」していこうとするアプローチです。
アパレルブランドのパタゴニアは、リジェネラティブ・オーガニック農業を推進するため、認定制度を立ち上げました。パタゴニアは、全ての農法がリジェネラティブ・オーガニックの手法に変われば、地球上のCO2の全てが土壌に固定できる(空気中のCO2濃度が改善される)と予測しています。こうした農業のあり方を定着させるため、生産者へのアドバイスも実施しています。
イギリス発祥のコスメブランドであるLUSHも、リジェネラティブなアプローチを推進する企業です。フレッシュかつオーガニックである製品を作ることを、マーケティングという枠組みを超えて実践しています。こうした姿勢を同社は「地球を救うコスメティック革命」と表現しています。
これからの時代のBX
ここまで、パーパスを策定した企業の事例と、参考となる切り口を紹介してきました。
これからの時代のBXには、良質なサービスやプロダクトを届けるという領域から一歩踏み込んで、社会課題に対してどのようにコミットできるかを明示することが重要だということがわかりました。
しかし、激動の時代を生きる私たちが直面する社会課題は多岐にわたります。どれだけ優れたメッセージであろうと、なにもかもに言及することはできません。
そのため、組織にとっての経済的な成長と、社会や地球にとっての改善を両立させる「結び目」を探す必要があるのです。
そのポイントにこそ、組織のパーパスが潜んでいます。